耳鼻科でも内科でも、特に異常は見つからなかった。
「気のせいだよ」「疲れが溜まってるだけ」
そう言われ続けてきた私は、
その言葉に自分自身もすっかり納得していた。
(病は気から)と念じるように、自分の不安を押し込めていた。
体の異変には、気づかないフリをしていた。
育児や家事に集中すれば、考えずに済んだ。
必死に、日常をこなすことで、自分をコントロールしていた。
でも、夫はそんな私の様子に気づいていたようだった。
「今度、うちの病院の仲良くしてる医者と家で飲むことにしたから。
鍋でも用意してくれたら助かるな。」
夫は私とは別の病院で働いていて、よくその医師の話もしていた。
面識はなかったけれど、名前も何度も聞いていた人だった。
私は言われた通りに、モツ鍋を用意して、家に医師を迎えた。
食事を囲んで、少しずつ打ち解けてきた頃。
夫がふとこう言った。
「せっかくだから、S先生にいろいろ相談してみようか?」
それをきっかけに、私は自分の体の異変について、初めて人に話した。
一通り話し終えたあと、S先生がこう言った。
「顔をしっかり見せてもらえますか?
右の眉毛は元々その位置でした?」
…え?
眉毛の位置?
もともと、こんなだったはずだけど?
鏡を差し出されて、自分の顔をよく見た。
『えっ……!? いや、こんなんじゃない……』
思わず声が出た。
右の眉だけが、異様に上がっている。
毎朝メイクしていたのに、気づかなかった。
「自分で気づいていなかったんですね。」
そう言われたとき、何とも言えない気持ちになった。
確かに、今の自分の顔と、少し前の顔は違っていた。
朝、鏡で見ていたはずなのに、私は見ようとしていなかったのかもしれない。
「これはあくまで私の見解ですが……
もう一度病院を受診して、今までの症状と今の状態を説明してみてください。」
翌日、私は整形外科を受診した。
正直、また“異常なし”と言われるんじゃないかという不安もあった。
でも、もう自分の体の声をごまかしたくなかった。
***
異変に気づいたのは、鏡の中の私だった。
何も言わずに、静かにサインを出していたのは、
ほかでもない、自分自身だった。
***
【あとがき】
あの時の私は、自分の不安を“疲れ”にすり替えていた。
でも、体はちゃんと知らせてくれていた。
気づこうとしなかったのは、私の心の方だったのかもしれない。
同じように、「なんか変かも」と感じている誰かへ——
どうかその感覚を、大切にしてあげてください